小金持ちと商売人

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一級品だけを取りそろえられるならそりゃ最高なんだけど、見るからに一級品ってものはみんな買いたがるから競争が激しいし、そもそも数が少ないから必要数を満たせない。
じゃあどうするかって考えたときに、小金持ちは比較的手に入りやすい準一級品とか二級品を沢山あつめるて並び方を工夫することで、一級品と並ぶ価値を出そうとするんだけど、これは僕はセンスがないと思う。
準一級品にしかならないものは、やはりいくら集めても準一級品の集まりの価値でしかなく、僕はそれは一級品には及ばないと思っている。

むしろお金に余裕があるのからこそ、お金で時間を買って、四級品や級外品が売られているマーケットに足しげく通うべきだと思う。
一山いくらで売られてしまうそれらの中で、丹念に磨いたり、売り方を変えることでもしかしたら一級品になるかもしれない原石がごくまれにある。
自分の目利きを信じてそんな原石を探し出すのが商売人の本願であろう。

採用の話です。

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日本サービス業崩壊の日は近い

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日本はGDPの9割弱を国内消費が占めていることをもって、強い内需主導経済だと言われている。
お隣の韓国になるとこの比率が5割程度まで落ちてしまうので、確かに彼らとの比較においてはグローバルな需要の変動に対して影響をうけにくい経済であろうとは思う。

しかし、果たしてこの日本の内需というのは、次の10年においてどれだけ安定的なものなのだろうかと考えると、日本に住む日本人としては若干の疑問を感じる。

というのは、生産面からみると内需を構成している産業の殆どが(当たり前だが)サービス業であり、この日本のサービス業というものは政策的に国際競争から保護されてきた環境の中で絶妙なバランスを持って成り立ってきたガラパゴスではないかと肌感として感じるものがある。

米国との比較のなかで僕がガラパゴス感を持っているものについて適当にあげて見ると、医療・銀行・不動産・教育・メディア・出版と、わりと日本の中で「高付加価値」とされ、従業員あたり給与も高く、GDPに占めるシェアも大きいところが多かったりする。

つまり、仮に次の10年でサービス業のグローバル化、というかフラット化が進み、日本の既存サービス業がディスラプトされてしまうと、需要面からも日本の経済に大きなショックを与えうる構造なんではないかと思う。

僕が思いつくようなことは政治家の皆様ならとっくにご承知なので、こんな急所のサービス業の参入障壁を取り除くかというのは別の議論として、仮に取り除かれた場合、やはり国際競走のなかで今の日本企業が生き残るのは難しいのではなかろうかと思う。

こっからのロジックはガラパゴス=生産者主導ムラ社会という僕のいつもの理論の焼き直しになるんだが、時間がないので次回に続く。

一億総BOP化と情報の反響室

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10数年前に言われていた「ネット=情報の反響室」という概念は一時期否定されたかに見えたが、どうもLINEなどを使っている今の10代の行動を見ている限り、情報の反響室現象は、これからの5年、10年のうちに徐々に表れていくんじゃないかなーと思う。

「多様な価値観の人と関係することで自分の価値観を広げていく」ということが、もはやどれだけの若者の共感を呼ぶというんだろうか。

健康で文化的な生活を享受するには十分以上に発展し、自分が愉しむために必要なものが自動的に提供されるようなシステムが完成されつつある現代社会において、広い意味での「社会」と本当に関係して生きていく必要のある人なんてごく一握りでしかない。

大多数の人にとっては、「自分に明日の糧と今日の享楽を提供してくれる」社会システムの一部を利用すること以上に、「社会」と関わる必要はなく、むしろ「社会」の全体像を知らないからこそ自分の現状に疑問や不安を抱くことなく幸せに生きていけるはずなんだ。

だから、社会と関わることを求められる一握りの人以外にとっては、目を閉じ、耳を閉じ、自分が幸せになれ言葉だけを永遠に繰り返してくれる矮小化された世界(反響室)に閉じこもることこそが、精神的な幸せを得る一番の方法であることに疑いはない。

であるのだから、そういう人たちを慰めるために、ネットがこれからどんどん情報の反響室としての性質を帯びてくるのは当然なのだろうと思う。うむ。